279事例21 親の世話をした人の相続分利益の分を控除した不動産の残額6,300万円と預貯金の3,000万円を合計した9,300万円を均等に分けて各相続人の相続分(各2,325万円)を算出し,A子さんはそれに加えて居住の利益として認められた700万円(合計3,025万円)を受け取れることになります。もっとも,親と同居をしている場合には賃料を払わずに住んでいることが多いでしょうから,居住の利益が認められるとしても,賃借権のように7割とか8割のような高い割合にはならないでしょう。⑵ 居住の利益に関する裁判例 裁判例では,相続財産に含まれる不動産に居住していた人について,相続にあたってその居住の利益が考慮されているものがあります。例えば,大阪高裁昭和54年8月11日決定(家月31巻11号94頁)は,被相続人の老後をみるために同居をしていた相続人について,遺産の評価に際し考慮すべき居住の利益がある旨を述べて,建物の価格及びその敷地の更地価格の2割を居住の利益の評価額としています。また,相続人の一人が相続財産である土地上に建物を建てている場合に,被相続人がその相続人に使用借権を設定していたとして,この使用借権の評価額(3割)を相続財産から控除するという裁判例もあります(東京高決平9・6・26家月49巻12号74頁)。⑶ 本事例における居住の利益 A子さんの事案は,土地・建物のいずれもお母さんの名義だったので,A子さんがお母さんから使用借権の設定を受けていたとは言いにくい事案です。また,親の名義の不動産に居住していた相続人について居住の利益を認める審判例が数多くあるわけではなく,どんな場合でも常に居住の利益が認められるわけではないといえるでしょう。むしろ,事案によっては,無償で親の不動産に住み続けられたことは特別受益であると主張されることもあるでしょう。居住の利益が保護されるか否かは,結局のところ具体的な事情次第と言わざるを得ないと思います。そして,A子さんの事案と同様の事情があるときには,居住の利益が考慮されることもあり得るでしょう。A子さんの事案においては,弟や妹たちの代理人との交渉にあたり,A子さんには居住の利益があるので,それを考慮してほしいと主張しました。
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