3_性国
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言論および信仰の自由を享受し、恐怖および欠乏からの事由を享受する世界を到来させることが一般の人々の最高の願望であると宣言されたので…」戦間期の国際社会では、人権は専ら国内管轄事項として位置づけられ、国際紛争に繋がりかねない一部の例外的な内容を除き、国際連盟による介入には馴染まないと考えられていた。そのような認識の中で、枢軸国に代表される全体主義体制となった国家は、次第に人権よりも国家を優先した法政策を選択していく。ヒトラー政権下のナチ・ドイツで制定された職業官吏再建法に始まる一連の法律、特にユダヤ系の人々との婚姻や性交渉を禁止した「ドイツ人の血と名誉を守る法律(Gesetz zum Schutze des deutschen Blutes und der deutschen Ehre)」やユダヤ系ドイツ人の市民権を剥奪した「帝国市民法(Reichsbürgergesetz)」はその典型例である。これらの法律は水晶の夜(Kristallnacht)事件へと繋がり、さらには強制収容所におけるホロコーストのような惨劇を結果として生み出す9)こととなった。ワイマール憲法のもとで民主的手続を経て合法に成立した政権によって形作られる法政策が深刻な人権蹂躙行為へと帰結したことは、第二次世界大戦において連合国側が戦争目的の1つに人権擁護(=人権侵害からのすべての人を解放すること)を掲げる正当性―その正当性自体も問われるべきであるが―を与えることとなった。その連合国側が勝利したことから、戦勝国が設立した国際連合(the United Nations=連合国/联合国)で人権の擁護が目的の1つに掲げられたのである。世界人権宣言前文にいう「野蛮行為」が、ホロコーストなどの第二次世界大戦期の歴史を指していることはこのような歴史的経緯に照らして明らかである。ホロコーストの対象となった人々の集団として、ユダヤ系の人々は一般的に熟知されている。しかし、対象となった集団はそれだけではない。強制収容所に掲げられた収容者の標章表には、政治犯(Politisch)は赤色、1 国際人権法と「性/性別」、「マイノリティ」59)石田勇治『ヒトラーとナチ・ドイツ』(講談社、2015)269-293頁。

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