3_性国
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性別、出身、身体的・精神的条件などに関わりなく、生まれながらにして平等に認められる法的地位である。その意味では、人権は本来的に『国際的』であって、あえて『国際人権』と表現する必要がないはずである。」8各国の憲法規範には人権が規定され、国内法はその人権を実現する方向で制定、実施、解釈されていく。国家間の合意である国際法が人権を規定するのは、先述のとおり、第二次世界大戦期における野蛮行為への反省から、人権を実現するために国際的コントロールを確保する目的がある。地域的機関や地域的な人権条約もまた、その地域において人権を実現していくための基準や手続を定め、世界規模の取り組みを補う形で展開している。ここで実現が目指されているのは人権(human rights)という共通した規範である。憲法、国内法、国際法、そして地域的な国際法ともに、人権を実現するという目的について断絶はしてはいない。「人権は本来的に『国際的』」なものであり、それぞれの場所や仕組みの中で培われてきた人権の解釈は、その相互対話により、生成され、維持され、強化さ12)れていく(べき)ものである。日本は、たしかに、地域的な人権条約としてのヨーロッパ人権条約の締約国ではなく、同条約に法的には拘束されていない。地理的にも離れており、歴史的にも文化的にもヨーロッパの国々との共通性は薄い。しかしながら、普遍性をもつ人権という文脈において、その解釈を参照することには十分な意味がある。同じ人権について、他の場所や仕組みで展開されているものと異なる解釈を採用する際、単に法的には拘束されない事実や、地理的、歴史的、文化的な共通性の不在を示すだけでは十分でなく、その解釈こそが普遍性をもちう12)このような視点にたつ代表的な論考として、山元一「『憲法的思惟』vs『トランスナショナル人権法源論』」法律時報87巻4号(2015)74‒79頁、江島晶子「権利の多元的・多層的実現プロセス:憲法と国際人権条約の関係からグローバル人権法の可能性を模索する」公法研究78号(2016)47‒69頁、近藤敦『人権法』(日本評論社、2016年)など。

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