3_性国
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権利そのものは条約上に規定されていないため、ヨーロッパ人権条約のもとでは性的マイノリティが経験しがちな社会生活上の困難を十分に捕捉しきれないという限界がある。本書で取り上げる事例の偏りは、このような条約そのものの特徴に由来するものであり、当然のことながら、性的マイノリティに関連する人権問題の優先順位や段階的把握の必然性を示すものではない。もう1つは判例の説明や引用における用語の問題である。性的マイノリティに関連する用語は、時代とともに変化してきた。用語だけでなく、医学や社会における知見や認識も、時代ごとに変容を遂げている。それぞれの判例も、その当時に一般的に使われていた用語が採用され、解釈の前提となる専門知識も、必然的にその時代の影響をうけている。このため、現在ではあまり使われていない用語や不適切と考えられている表現も、判例には多く登場する。本書では、時代の状況を踏まえる目的から、できるだけ判例で用いられている表現はそのままに日本語訳を当てて記述した。現在の言語感覚からは不適当または不適切とされる用語が頻発するのはそのためである。また、ヨーロッパ人権条約は英語とフランス語を等しく正文としており、判例の中にはいずれかの言語のみでしか書かれていないものや、両言語の翻訳の際に用語にずれが生じていることもある。本書は原則として英語版の判例をもとに執筆しているものの、フランス語のみの判例はフランス語版をもとにしており、また、英語版の判例も必要な範囲でフランス語版を併用しながら日本語の訳語を24)検討している。本書の判例の説明や引用部分で用いている性的マイノリティに関連する語句に不統一がみられるのは、校正時の著者の見逃しを除けば、時代や使用言語の影響という側面があることもあらかじめお断りしておきたい。2024)なお本書で取り上げるヨーロッパ人権条約の判決文は、裁判所ウェブサイトにある判例検索「HUDOC」(https://hudoc.echr.coe.int/eng)から入手でき、判決の引用は原則として段落番号(para.)で特定可能なため、本書では初期の事件以外について紙媒体の出典表記は省略している。また、各章の本文にある条文番号は、特に断りがない限りヨーロッパ人権条約のものである。

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