3_性国
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241976年1月、北アイルランドのベルファストに住んでいたジェフリー・ダジャン(Jeffry Dudgeon)は、薬物使用の容疑で警察の家宅捜査をうけた。警察は大麻とともに、ダジャンが同性との性的関係について記した日記や手紙を押収した。出頭要請をうけたダジャンは、警察署で4時間半にわたり、自身の性生活に関する詳細な尋問をうけることとなった。取調調書にもとづいて男性間の著しい不品行(gross indecency)罪での訴追が検討されたものの、1977年2月には不起訴が決定し、押収された日記や手紙もすでに返却されている。当時の北アイルランドのソドミー処罰規定は、1861年対人犯罪法、1885年改正刑法およびコモンローとして存在していた。1861年対人犯罪法ではバガリー(buggery)罪の既遂は終身刑以下、未遂は10年以下の禁固刑である。バガリー罪には、性別を問わず、肛門性交や獣姦が含まれる。1885年改正刑法では、著しい不品行罪に2年以下の禁固刑が科されていた。著しい不品行罪は男性間の性行為が処罰対象であり、同意の有無や実行する場所、年齢による適用除外もない。なお、イングランドとウェールズでは1956年性犯罪法と1967年改正刑法により、21歳以上の同意にもとづく同性間の性行為は、軍隊などを除き処罰対象か10)Dudgeon v. the United Kingdom, Judgment of 22 October 1981, Application no. 7525/76. 判例評釈として、高井裕之「同性愛行為に刑罰を科する国内法と私生活の保護:ダジョン判決」戸波江二ほか編『ヨーロッパ人権裁判所の判例』(信山社、2008)313‒317頁;谷口洋幸「ソドミー法のヨーロッパ人権条約適合性:ダジャン対イギリス」谷口洋幸・齊藤笑美子・大島梨沙編著『性的マイノリティ判例解説』(信山社、2011)1‒5頁参照。判決の日本語訳は、初川満参照。11)申立人のダジャンは2012年に大英帝国勲章をうけ、2014年から2019年までベルファスト市議会で評議員を務めた。11)10)判決である。この判決は、性的マイノリティに関する先駆的判例であり、ヨーロッパ人権条約(以下、条約)を超えて、国際人権法や各国の裁判例、法政策にも多大な影響を与えている。⑴ 事実概要

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