はしがき2022年5月日本はヨーロッパの国々に比べて性的マイノリティに関する法政策が遅れている。そんな評価を耳にすることが多くなった。1990年代後半からこの分野を中心に研究してきた一人として、その評価には一応は同意している。しかし同時に、いくらかの違和感も覚える。ヨーロッパの国々で展開されている法政策も一様ではない。先進的とされる法政策には、そこに至るまでの長い歴史があり、その過程は決して平坦な道のりではなかった。数え切れない当事者や支援者、政策担当者や司法関係者らの関与が、それらの法政策の実現には不可欠であった。また、導入された法政策は常に肯定的に受け止められているわけでもない。最近では揺り戻しの動きも巧妙化しており、ヨーロッパの国々における闘いは現在進行形である。ヨーロッパ地域での展開に重要な役割を果たしてきたのが、本書で取り上げるヨーロッパ人権条約である。ヨーロッパ人権条約は、人権という普遍的規範の実現を目指した世界人権宣言の一部を具現化したものである。その解釈実践は、国や地域を超えて、また、時代や法制度のあり方を超えて、多くの学びをわたしたちに与えてくれる。ヨーロッパの国々の法政策への素朴な憧れや日本の法政策の後進性への単純な嘆きはいったん横に置き、人権の視点からみえてくる性的マイノリティに関する法政策のあり方を、予断を排して考えてみたい。はしがきi谷口洋幸
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