1981年のダジャン対イギリス事件判決である。全員法廷での検討であることが示すとおり、これまでの解釈が変更されたものである。内容は第2節に詳述したため以下に要点だけまとめておく。薬物使用の容疑で警察の家宅捜索をうけたジェフェリー・ダジャンは、押収された日記や手紙に同性との性的関係が記されていたことから、警察で取調べを受けることとなった。当時の北アイルランドのソドミー処罰規定(1861年対人犯罪法および1885年改正刑法)は、文言上は年齢や同意の有無にかかわらず男性間の性行為を処罰対象としていた。結果的に起訴はされなかったものの、ダジャンはソドミー処罰規定の存在と、それにもとづく警察の捜査について、8条の権利侵害を申し立てた。裁判所は、ソドミー処罰規定の存在そのものが、申立人の私生活に継続的な影響を与えていることを認めた上で、同規定が8条2項にいう「道徳の保護」や「他者の権利および自由の保護」から正当な目的をもつとの理解を示した。争点は、ソドミー処罰規定が「民主的社会において必要」といえるかどうかである。ここでいう「必要」とは、「急迫する社会的要請」を意味している。裁判所は、「道徳の保護」に締約国の広い裁量の余地が認められるとしても、性行為という私生活の最も内面的な事項への制約には「特に深刻な理由」が示されなければならないと述べた。北アイルランドにおける根強い反対論は、目的との関連性は示しているものの、「必要」の根拠とはならない。ヨーロッパ評議会加盟国の大多数は成人間の同意にもとづく私的な性行為を刑事処罰の対象から外しており、男性間の性行為を全面的に処罰対象とするソドミー処罰規定の維持に「急迫する社会的要請」があるとはいえない。同規定の維持が申立人のような人々の生き方に与える悪影響に鑑みれば、比例性も欠いている。裁判所はこのような判断から、8条の権利侵害を認定した21)4)。なお、8条の権利侵害を認定したことにより、8条に関する(15対14条の権利侵害は検討する必要なしとの判断が下されている。3 判例の変遷3521)反対意見は本章第2節参照。
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