36ダジャン対イギリス事件判決で示された解釈は後の2つの事件でも踏襲され、判例として定着することとなった。❖ノリス対アイルランド事件判決(1988)1つめは1988年のノリス対アイルランド事件判決であ裁判所は、被害者への該当性について、民衆訴訟や抽象的審査は認められないものの、申立人がソドミー処罰規定による直接的な危険にさらされていることから、被害者に該当すると判断した。起訴されていなく22)る。ダブリン大学トリニティ・カレッジ教員で元老院議員も務めていたデイビッド・ノリス(David Norris)は、1971年からアイルランドで同性愛者の権利擁護活動に従事していた。活動内容の1つに本件で争われたソドミー処罰規定の撤廃があったものの、ノリス自身や所属する団体が訴追や捜査をうけていたわけではない。アイルランドのソドミー処罰規定は、その歴史的経緯からダジャン対イギリス事件判決(1981)で争われたものと同じ規定、すなわち1861年対人犯罪法のバガリー罪(61条、62条)と、1885年改正刑法11条の男性間の著しい不品行罪である。司法長官や公訴局長官による起訴だけでなく私人訴追も可能であったが、未成年者が関係している事件以外、同性間の性行為は長らく起訴されてこなかった。ノリスはソドミー処罰規定の無効宣言を求めたが、1983年に最高裁判所はアイルランドがキリスト教に根ざす国であり、同性愛の生活様式は社会に悪影響を与え、性感染症の蔓延を招きうること、また、ダジャン対イギリス事件判決(1981)の解釈はアイルランド法を拘束しないことなどを理由に請求を棄却した。そこで、ノリスは8条の権利侵害を委員会に申し立てた。委員会は、1987年に報告書を採択し、8条の権利侵害にあたるとの見解を表明した。アイルランドは、ノリスが条約25条にいう申し立て可能な被害者(victim)に該当せず、条約上の権利侵害が生じないこと、または、ソドミー処罰規定が8条の権利侵害にあたらないことを認定するよう要請し、裁判所は全員法廷での審理を決定した。22)Norris v. Ireland, Judgment of 26 October 1988, Application no. 10581/83.
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