ても、また、同法が長らく適用されていなくとも、法文には残ったままであり、不適用の政策が明言されていない以上、申立人はいつでも起訴されうる立場におかれているといえる。その上で、8条については、ダジャン対イギリス事件判決(1981)に依拠しながら、ソドミー処罰規定の存在それ自体が私生活への干渉にあたると判断し、正当化の可否に争点をおいた。裁判所は道徳の保護についての締約国の裁量の余地も無制限ではないとして、民主的社会において必要か、すなわち、急迫する社会的要請があり、目的と手段が比例しているか検討した。ここではダジャン対イギリス事件判決(1981)の解釈が踏襲され、私生活の最も内面にかかわる事柄を制限するだけの「特に深刻な理由」が示されていないとして、8条の権利侵害が認定された(8対❖モディノス対キプロス事件判決(1993)2つめは1993年のモディノス対キプロス事件判決であ23)6)。24)る。申立人アレコス・モディノス(Alecos Modinos)は、市民団体である「キプロス同性愛解放運動」の代表を務めており、ソドミー処罰規定によるストレスや不安、訴追の恐怖を感じていた。キプロスの刑法では、年齢に関係なく、男性間の自然の秩序に反する性関係に5年(暴力をともなう場合は14年)の刑罰が科されていた(171条、172条、173条)。モディノスが関与した事案ではないものの、国内でソドミー処罰規定の違憲性が争われた事件において、最高裁判所はダジャン対イギリス事件判決(1981)で反対3 判例の変遷3723)ヴァルティコス裁判官の反対意見(ゴルチュクル裁判官、マッシャー裁判官、ウォルシュ裁判官、ベルナール裁判官、カリヨ・サルセード裁判官が同調)は、ノリスとダジャンには、後者が実際に警察の捜索をうけ尋問をうけている事実から、状況に明確かつ決定的な違いがあるとして、申立可能な被害者には該当しないと述べている。国家申立制度(24条)が被害者性を要求していないことと比較すれば、潜在的・偶発的な被害を含めることは、個人申立ての制度趣旨を歪めることにつながる、との考えも示された。なお、この反対意見がダジャン対イギリス事件判決の論旨を否定するものではないことも付言されている。24)Modinos v. Cyprus, Judgment of 22 April 1993, Application no. 15070/89.
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