戸コン
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4 現行戸籍法の制定3 大正4年の戸籍法改正3(注2) 我が国における「家」は,既に江戸時代に社会慣習(事実上の制度)として存在し,それぞれの「家」ごとに身分及び職業を固定する機能を有していたといわれる。明治31年に施行された民法が定めた「家」が,この江戸時代の「家」を制度化したものであるか否かは明らかではないが,民法上の「家」は,家族及び個人の生活実態とは遊離した抽象的な概念であったとされる(青木=大森『全訂戸籍法』2頁)。明治31年式戸籍は,このような概念としての「家」を戸籍の編製単位としたのであるが,それは,民法の付属手続法としての役割を担うことになった戸籍法としては,必然の措置であった。そして,これにより,民法には明文の定義規定がなかった「家」というものの外形が,戸籍によって判明することになったのである。序にかえて ─ 戸籍法の沿革ような処理は手続としては二重手間であるし,実際に身分登記簿が利用されることも少なかったので,次に述べる大正4年の戸籍法改正において廃止された。 明治31年に制定された戸籍法は,大正3年法律26号により全部改正され,大正3年10月3日司法省令7号により制定された戸籍法施行細則とともに,大正4年1月1日から施行された。大正4年式戸籍と呼ばれる。戸籍法の「全部改正」ではあったが,その実質的な内容は明治31年式戸籍と異なるところはなく,戸籍の記載事項が精細に規定されるという改善が図られた。この戸籍法は,その後若干の手直しがされたが,基本的な体系を維持したまま,戦後の昭和23年1月に現行戸籍法が施行されるまで存続した。⑴ 制定の経緯 戦後,昭和22年5月3日に日本国憲法が施行されたのと同時に,民法に関しては日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律(昭和22年法律74号)が施行されて,従前の「家」制度が廃止されるに至った。戸主とそttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttt

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