3 質問弁護士にとって、質問は日常的な行為であるように思います。ただ、その多くは、事案の整理に必要な情報を得るために行われる、いわば事実確認のための事務的な質問といえるかもしれません。例えば、「相続人はあなたの他に誰がいますか?」「債務は全部でいくらですか?」「契約書は交わしたのですか?」といった質問です。もちろん、こうした質問は弁護士の業務上欠かせません。第1章 第1 コーチングとは何か―弁護士が取り入れる意義― 5れても、できないことはできないと伝える必要もあります。こうした、いわゆるネガティブな情報を伝える責任があるからこそ、先にしっかりと依頼者の話を傾聴し、承認を惜しまないことが大事なのです。他方、コーチングでは、別の機能を持った質問を重視しています。それは、依頼者の気づきを促したり、依頼者自身が持っている解決能力を引き出すための質問です。たとえば、「この件で、あなたがもっとも大事にしたい点はどんなところですか?」「この件が解決したとき、ご自身はどんな状態になっていたいと思いますか?」などがあります。法的な問題に出会うとき、多くの人は視野が短期的になりがちで、また、冷静な判断能力が衰えます。そんな時に「もっとも大事にしたい点」といった本質的な点を尋ねることで思考が整理され、新たな気づきが生まれるといったことがあります。また、当然ながら、弁護士は依頼者の代理人にすぎず、解決のための最終判断は依頼者に委ねられています。その点、「この件が解決したとき」のありたい状態に視点を向けてもらうことは、依頼者自身の解決能力や判断力を引き出し、納得のいく解決に共に進むための大きなステップともなります。本書では、上記以外の質問例も多数記載しています。弁護士業務における質問の可能性について考える契機になれば幸いです。はしがきに記したように、弁護士の仕事では、依頼者との関係性について悩みが生じることがあります。法的に正しいアドバイスをしても納得してもらえない、満足した結果とならない。そんなとき、立ち戻って考えたいのは、私たちは「人間」を相手にしているということ、すなわち、弁護士は対人支援職で
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