10_対話
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はしがき i弁護士になる以前は、弁護士の仕事の難しさは、訴訟での主張立証や交渉相手との折衝等にあると想像していた人も多いかもしれません。法律の知識をもって、訴訟活動に従事し、相談者や依頼者(ここではあわせて「依頼者」といいます。)を守ることが弁護士の仕事であり、そこに難しさもあればやりがいを感じるだろうといった想像です。しかし、実際に弁護士になってみると、多くの人が、その難しさは、自分を頼ってくれているはずの依頼者との関係においても生じることを実感しているのではないでしょうか。客観的には良い結果が得られたはずなのに、依頼者の納得感が薄かったり、弁護士の提案に「わかりました」と言いながらも、どことなく腑に落ちない様子で事務所を後にする依頼者の後ろ姿を見つめながら、「間違った対応はしていないはずなのに、なぜだろう」「もっとしてあげられることがあったのではないか」と、もどかしさを感じる経験をした人も、少なくないものと思います。法律のプロとして間違いのない法的アドバイスや処理をすることは、弁護士の重要な仕事です。しかし、法的処理が滞りなく進んでも、それだけでは必ずしも依頼者が抱える真の問題を解決したことにはならないことも多いでしょう。弁護士と依頼者の間のコミュニケーションが適切にとれなければ、両者の信頼関係は揺らいでしまいます。よほどのことがあれば、弁護士の解任や辞任に至ることはありますが、そこまで至らなくても、互いにストレスを感じたり、どこかぎくしゃくするような関係が続くことは、弁護士にとっても依頼者にとっても、健全な状態とはいえません。弁護士は法律を扱うだけでなく、人そのものと向き合う仕事。怒り、嫉妬、悲しみ、憎しみといった人間の泥臭い部分に深く関わる仕事であることを、本書を手にとってくださったみなさまは十分に体感されていることと思います。多くの依頼者と関わってきた中で、いま私たちが考えるのは、弁護士は対人支援の仕事であるということです。依頼者は仕事、家族などの目に見えるものや、自信、尊厳などの目に見えないものまで、それまで自分が大切にしていたものを失った喪失感を抱えて法律事務所を訪ねてくることが多いです。失ったは し が き

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